真夏前線、異状なし
 


     


付近には神社仏閣もなければ、それへいざなう参道もなく、
馴染みの客らで繁盛している商店街も、曽てはともかく今はない。
日頃はただただ静かで穏やかな、しごく平凡な住宅街の一角に、
一夜限りの夜店屋台が出て賑わっている光景は、
唐突が過ぎていかにも借り物という感もあったが、それでも夏の夜には似合いの代物で。
チラシに招かれた客らがこういうのもいいねぇなんてそぞろ歩く雑踏の賑わいが、
すぐ傍らで展開しているもう一つの“非日常”を覆ってくれていると、
何の手掛かりもなく気づく者はまずいなかろう。

 関係のない人々には目くらまし、
 そして、おびき寄せたい輩へはそれとは判りにくい罠として…。




新駅設置や高速道路の延伸、公立病院の建設計画などなど、
特に地価への将来的影響が見えそうもないありふれた住宅街の一角へ、
唐突に向けられた“地上げ行為”という魔手があり。
微妙に性急で荒っぽく、
なればこそ意地を張って退かぬと頑張っていた老女の意気に感じ入ったか、
そもそもは首領からの指示だったコトと接触してきた中原だったのへ
非番だった若いの二人も参加したがり。
そこへ…自分が請け負っていた案件に重なってる話のようだからと、
探偵社の 胡散臭い長身の二枚目までもが参与しての不可思議な一夜は、
その真相を握る一行の前で全容を暴かれんとしており。
いかにも物騒な駒として、
物々しい威容を孕んだ黒服らがわらわらわらッと
主人を囲う楯のように現れたことで舞台も整ったそんな中、

「代貸。」

だいがし、若頭とも言い、現代の世では主に反社会的組織で用いられる階級用語で、
組の長がいない時には代理を務める階級のこと。
商家で言うところの番頭さんみたいなものだろうか。
先程から、やや年嵩な初老の男と対等に話をしていた
××組の辰とかいう目つきの鋭い壮年男へ、
安っぽいスーツを黄味がかった常夜灯に照らされた一人の黒服が声を掛けた。
蒼い月光を浴びてのそれは華やかに、
不意を突いて現れた、どうやらポートマフィアの手のものらしき刺客に相対し。
匕首握って突っ込んだ鉄砲玉を、
指一本動かさず弾き飛ばした実力はおさすがと、
その底知れぬ存在感へ一同狼狽えかかっていたものの、

「おお、喜八か。」

此処は自分が対応しましょうということか、
ひょろりと背の高い黒服が一人だけ、一同の手前へと踏み出してきて、
主人筋だろう相手へは背を向けたままという不遜な態度でそのような言いようをする。
だが、そんな態度が常のことなのか、
それとも不安を拭ってくれるならどうだっていいものか、
代貸とやらは咎め立てもしないまま
むしろ安堵の表情を浮かべつつ、深々と頷く始末で。

「そうか、任せたぞ。」

あ、こいつらあんまりいい信頼関係結んでねぇなと、中也のみならず太宰にも知らしめる。
かろうじて名前は知っていたが実は配属も知らぬ手駒。
忠誠なんてどうでもいい、戦果を出せば褒美をやろう、
役に立ちゃあいいのだ、せいぜい自分を守れというのが丸判りの、
上司だろう男のぞんざいさと底の浅さと。
そして、もはやいつものことなのか、
喜八とやらにも それだけですかというよな気落ちの気配は微塵もなく、
むしろ、彼の側は側で、
面白いことが出来そうだからしゃしゃり出て来ただけという空気がありあり伝わる。

 “まあ、他所は他所だしな。”

こういう相手ならならで、それなりの対処のしようもあって、
直接 面と向かっている中也にもそのくらいの心得はある。
共闘を組むよな息の合うお仲間はいないようで、
他の連中は其奴と代貸とやらの間で成り行きを見守る構えらしく。
こんな窮地でもたった一人で何とか出来よう腕っぷしを見込まれてはいるらしい。

「へえ。」

中也も一見荒事には向かない華やかな風貌をしており、他人をどうこうとは言えないが、
其奴もどう見ても頼もしい体躯や風貌ではなく。
数歩ほど進み出てきたところで腰を落として身構えて見せはしたが、
飛び出してくる気配は薄く。

 “時間稼ぎか? その隙に逃げ出されても剣呑だな。”

こちらとて気が短いというわけでもないが、
あまりに時間がかかる乱闘は避けたい。
人が集まっているところと遠くないがため、
行き交う人の中には妙な気配に気がつく手合いもいるやも知れずで、

「掛かってこねぇなら。」

そんな身構えをわざわざしたくらいだ、逃げもしなかろと踏んで、
ザクザクっと無造作に近づき、容赦なく握り込んだ拳を繰り出す。
先程 いきなり突っ込んできた匕首男の逆を行ったところ、

「なかなかいい拳だ。さすがポートマフィアのお人ですね。」
「…へぇ?」

異能は乗せなかったが遠慮もしなかった。
そんな一打を食らって、少しは苦しげにしつつも立っていられるとは大したものだ。
さして鍛えているようには見えない。体躯も身ごなしも雑で隙だらけで、なのに

「良く持ちこたえたな。」
「ええ。これが私の異能ですから。」

声と同時に凄まじい勢いで繰り出された圧があり、

「お…。」

放った勢いごと叩き返された攻勢に、
中也の身が数歩ほど意図せずに押し下げられる。
何がどうなったのかを見極めたくて、
それへ更に数歩ほど足して下がったところから睨み据えれば、

「私の異能は、カウンターってやつなんですよ。」

つまりは反撃、逆襲という格好で
相手の繰り出した力をそのまま、あるいは何倍かにして返せるらしく。
それを可能とするためだけに、その身もどんな攻勢さえ吸収して仕舞えるらしい。
先程も強烈な拳を食らった衝撃へ思わず息を詰めたものの
そのせいでの損傷や疲弊はまるきりこうむってはないようで。
いかにもな薄っぺらい表情で
下衆ながらもへらりと笑うのが
余裕綽々だと言いたげで、何とも小憎らしいばかり。

  …倍返し。半沢○樹か。

 “今時の人には通じませんてそれ。”

律儀に応じてくれて。ありがとう太宰さん。
場外でのつまらぬ応酬には知らんぷりを決めつつ、
直接対峙している中也が思ったのは、

 “だが、ということは攻撃を受けない限りは何も出来ねぇってことだよなぁ。”

誰でも気づくことだから敢えて口には出さなかったが、

「何もしないで睨めっこしますか?」
「は、そんな暇人じゃねぇとさっき言ったはずだがな。」

相手もさすがにそんなことくらいは承知なのだろう、
愚策ですよーと言いたいか、
煽るようにわざわざ振ってきたのへこちらも律儀にも応じてやって。

「まあ、手ごたえのある奴は大歓迎だからな。」

小柄な体躯にしちゃあ充実した厚みのある胸元で、
手袋にくるまれた片やの拳をもう片やの手で握り込み、
お望み通りの殴り合いと行こうじゃねぇかと、余裕の笑みでもて挑発に乗ってやる。
しばらくほど住人が不在なせいでか
芝が不揃いに伸びている地べたにぎゅうと靴底を押し付けて踏み込み、
やや落とす格好で腰を決めたのもほんの刹那の一区切り。
駆け出したというより翔ったという感のある素早い飛び出しは、
常人には消えたと思えたかもしれぬキレの良さで。

「な…。」
「…何処だ。」

喜八とかいう狗の主人ら二人の壮年、
唐突に姿を消した刺客に心から怯んでだろう、
素人衆のようにそりゃあ不安げに辺りを見回すが。
当の狗はといや、何とも不用心に立ち尽くすばかり。

「…。」

何も中也の動きを見切ったわけじゃあない。
それが彼奴の戦闘スタイルであるらしく、
だって、相手は最終的には自分へ襲いかかるのだから、
そして自分の異能はどんな攻撃も余さず吸収するのだから、
何も恐れず待っておればいい。
今宵の相手も結構な腕自慢らしかったが さてどうだろうかというとほんとした顔が、

「…っ。」

その瞬間だけはさすがに驚いてか目を見開くし、
その身へ深々と拳をねじ込まれたという行為への本能的な防衛反射の表れか
痩躯を僅かほど縮めるようにするものの、

「…っ、これはなかなか。」
「効いてねぇのに、せめてものおべんちゃらか?」

拳を叩き込む“着弾”のために翔って来た動作が止まり、
やっと常人の視野へも姿を現した中也へ、
すぐの間近から痩せトンボが間の抜けた声を掛ける。
そんな声だったのも嫌がらせかと思えたほどに、

「…っ!」

男の痩躯が放った不可思議な覇気は、
渾身の拳を繰り出す基盤にと、
がっしとその足元固めていたはずの中也の胴をどんッと勢いよく突き飛ばし。
貰ったそのままのベクトルで返された反撃だったからだろう、
来た方向へ真っ直ぐ後退することとなったが、

「おや。倍以上の負荷があったはずですが。」

あまり下がらなかったのが不審か、喜八とやらが怪訝そうな声を出す。
それへ、こちらは不敵にもにやりと笑い、

「危うく異能を出して支えかかったぜ、けったくそ悪い。」

重力の方向や重さを操作できる異能ゆえ、
弾き飛ばし、所謂“斥力”を操作できる、黒蜥蜴の長を張る広津と似たこと、
自分の身へかかった力への反発をマイナスという形で掛けて止めも出来たが。
こんなチンピラ相手にそこまでやっては沽券にかかわるとでも思うのか、
あくまでも自身の踏ん張りで踏みとどまった彼だったようで。
革靴の底が引きちぎった芝草が青臭い匂いをあたりに振りまき、
強引な急停止を仕掛けた戦士のまとう、花と果実による華やかな薫りを際立たせる。
やや蓮に構えたことで斜めになった帽子の鍔の陰、
鋭角な顔容の中、もっとも表情豊かな口許がにやりと悪辣そうな笑みを浮かべたのへ、

 “あーあー。何か企んでるな、あの顔は。”

それ以前に楽しそうだねぇと、
形の良い口許ほころばせ、苦笑がついついこぼれる太宰で。
力量的に歯ごたえがあるとは思えぬが、ややこしい相手には違いなく、
その“ややこしい”ところをどう攻略してやろうかと
彼なりの創意工夫というか段取りというか、脳筋なりに考えてるな…なんて。
頼もしき相棒を捕まえて随分と失敬なことを思っておれば、

 「それじゃあこいつはどうだ?」

さほど跳ね飛ばされなんだ間合いを再び詰めるよに、
バネを生かして飛び出したそのまんま、今度は蹴撃を繰り出す彼で。
痩躯へバランスよく備えた締まった脚、宙へ高々と振り出して、
舞踏のような隙のなさ、一撃ニ撃とその身ごと旋回させる、
容赦のない回し蹴りを立て続けに叩き込んで見せたものの、

「ははあ、脚も達者でいなさる。」

相手はやはりケロリとした声を返すと、
一応の防御にとその身の前に立てる格好でいた前腕で、
小柄な幹部の蹴りを余さず引き取ったそのまま、
一旦ぐんと引いてからその身を倒し、中也へ向かってぶん回したが、

「おっとぉ。」

馬鹿正直に受けるのでは芸がないと思ったか、
中也の側が自分から身を躱すように下がって避ける。

「避けても無駄ですよ。
 当たるまでさっきの蹴りからのダメージは こっから消えません。」

しかも二倍のままにねと、舌なめずりをしつつ笑った痩せ男が、
何の疲弊もないまま駆け寄って追って来るのを、

「そりゃあ頼もしいなぁ。」

軽やかなバックステップ、後ろ向きに後退することで
追従を鮮やかに避け続ける小柄な黒装束のマフィア殿。
帽子の帯に添えられた鎖飾りがちかちかと光り、
鍔の下、不敵に笑い返す端正な顔を引き立てる。
ひょいひょいと振り向きもしないで下がり続ける様は、
ただただ逃げ回っているような卑屈な様相ではなく
闘牛士が猛牛の追撃を躱すよな、
もしくは余裕で鬼ごっこでも楽しんでいるかのようで。

 蒼い月光が染め上げる緑の庭先、
 ひらひらりと軽やかに踊るは、人心惑わす魔性か小鬼か。

小粋な帽子の陰でくすくすと笑うお顔は玲瓏に整い、
殴り伏せようと乱暴に突っ込んでくる痩せ男を
巧妙に誘ってはすんでのところで小癪にも避ける姿は、
ともすれば何かの幻のようでもあり。
おいでおいでと逃げ回る影は少しずつとある茂みへ近づいており、

「…え? ちょっと待ってよ、中也ったら。」

そこは打ち合わせにはなかったか、
だがまあ、この異能だったらこの対応が手っ取り早いのも判らぬではない段取り。
何となく“そうなんだろうなぁ”と察した聡明な相棒様が、
思わぬ運びでいぶり出されたかのように装い、
その実、ちゃんと間合いを読んでのこと、わあとわざとらしく飛び出して見せる。

「誰だ、ありゃあ。」

隠れていたのがあわわと飛び出す格好になった、
腕と首元へ痛々しくも包帯を巻きつけた長身の青年。
お仲間らしきマフィアの青年や、他の面々のよに重苦しい黒服ではなく、
シャツにループタイ、シンプルなトラウザーパンツと中衣という軽姿なのが
却って腕や脚の長さを際立たせており。
唐突な登場ながら、絶妙な飛び出しようと
軽やかに攻勢を躱し続けていた青年との交錯とが相俟って、
先の彼と入れ替わるよに、
怪しい輩たちの狗、喜八とやらの前へと立ち塞がる。
唐突な段取りにはさすがに追い付けなんだ風を装い、慌てたように後ずさりしつつ、
追手だった男が繰り出した拳をそのままその身へ受け留める羽目となり、

「え…っ?」

相手もさすがにこんな流れとなろうとは思わなんだか、
咄嗟の出会い頭となったことへ頓狂な声を上げたが。

「ぎゃあっ!」

そのまま上がった野太い悲鳴の主は、誰あらん、
凄まじいそれだったはずの拳を叩きこまれた太宰ではなく、
中也が放った蹴りを二発食らったその威力、
自慢のカウンター技で、まんまに倍にして放ったはずの喜八とやらの方。

 「すまないねぇ。
  私の異能は 相手の異能を無効化するという代物なんだ。」

判る人には彼の総身を縁取る青白い覇気の光が見えただろう、
太宰が自身の異能を発揮しつつ、
叩き込まれた拳を頼もしい手のひらで受け止めたまでのことで。
その途端、相手のカウンター系の異能は効力を消し去り、
殴りつけた相手へ吐き出されるはずだったそれ、
中也から受けたものを保留としていた衝撃がどうなったかといや、

 「ぎゃぁぁああ……っ!」
 「おやまあ。」

呪いの咒、失敗したらば当人へ返るとよく言うが、
丁度それと同じ現象が起こっているらしく。
常夜灯に照らされた芝草の上に背筋を反り返らせて倒れ伏し、
どれほどの激痛に襲われているものやら、
ぎゃあぁあっと断末魔のような悲鳴を上げつつ、のたうち回る黒服男だったりし。

 「……。」
 「おっと、このまま逃げようなんて薄情じゃあないか。」

先程彼をけしかけた、××組の代貸とかいう壮年らとそれを取り巻く護衛の黒服、
怯んだように後ずさりしたのを、さすがに見逃す彼らじゃあなく。

 「ついでだから、掘り起こしたかったらしいもの、観てけばいい。」

ふんと鼻で笑った中也がぶんっと右腕を中空へと勢いよく振り上げれば。
皆が立つ大地がふるるっと揺れ始め、
彼らが掘り始めかけていたところから…ややズレた地点の地べたがぐぐんと下から盛り上がる。

 「な…っ。」

もしかして謎の地底生物でも現れるのかと、
そんな奇天烈なことさえ本気で想起してしまうほど、
あれやこれやと思いも拠らないことが立て続いているそんな中、
芝草を掻き分けるように地表を割り裂き現れたのが、
土まみれだが、結構な仕様の大ぶりの箱で。
頑丈そうな作りで総ての角には丁寧にも金具が打ち込まれ、
所謂 古民具の長持ちのようなそれこそは、

 「あああ、これだ、これっ!」

やはりここに埋まっていたかと、
辰とか呼ばれていた壮年へこの件を依頼したらしき、
初老の男が感極まった声を出す。
余程秘密裏に掘り出したかったらしい代物。
それをいともたやすく、文字通り手も触れずに掘り出した男らは、
あんまり関心はないものか、
淡々としたお顔を見合わせるとそのままひょいと肩をすくめたものの、


「おやぁ?」

不思議な、恐らくは重力を操る異能を持つ帽子の男が、
何かに気づいたように自分の足元を見下ろして、

 「こっちにも似たような櫃が埋まってるぜ?」

ほれと言いつつ地べたへ指を差し、今度は背の高い青年の方が
その包帯まみれの腕を夜空へ向かって振り上げる。
壮年らの目的はこちらの一個だけだったのか、
この流れへ“え?”と間の抜けた、もとえ気の抜けたよな顔を振り向けたところ。
そんな彼らの目の前へ、
先程と同じように芝草が敷かれた地表を割り裂き、
土中からむくむくと自力で姿を現した、似たような大櫃が一つ。
しかもしかも、そちらは何故だかガタゴトといつまでも揺れ動いており、
誰も触れてないというに、重たげな蓋がやはり勝手に上へと持ちあがるではないか。

 「な…っ。」
 「どど、どういうこった。」

いい歳をした男らが、何に怯えてか互いにしがみつき合って見守る先で、
蓋の陰になって黒々とした闇しか見えない櫃の中から、

 びちゃり、べちょり、と

あんまり聞きたいとは思われない種のそれだろう、
粘着質な液体系の何かが蠢く音がし。
浮いて上がった蓋の先から、ずるりと外へ向けて突き出されたのが…

 「ひっ。」
 「ひゃあぁあぁっ。」

大の大人の男らが、
しかも黒服やらスーツやら着付けた、明らかに暴力系の筋ものだろう輩たちが、
金切り声を上げてわあと震え上がり、何人かはそこから駆け出しかけているのを、
まあお待ちと中也が異能を込めた指先でちょいとクリックして引き留める。
そうまでなりふり構わず逃げ出しかけたのは、
彼らに向けて伸ばされたのが、ぬらぬらと泥状の何かにまみれた腕が数本、
そのまま本体がするするとすべり出て来て、櫃の縁に沿うて滴り落ちると、
そこから這うよに彼らへ向かう、泥まみれなワンピース姿の女性が二人ほど。
背中までありそうな長い髪を顔の側にも下げ降ろし、
ぬちゃぬちゃという随分と濃い泥をまとったままの
何だかよく判らないが姿態はどうやら女性らしき何者かが、
四つん這いになってぬったりと男らへ這いよる様はなかなかに衝撃的であり。
何より、二人も入っていられるはずのないサイズの櫃から這い出てきた存在なのが不気味。
うおおんうおぉおんと、声だか呻きだかを響かせてにじり寄る彼女らから、
金縛りにあったか逃げ出せないまま、ひぃいぃと恐怖に凍り付いてた一同だったが、

 《 あたしの、爪を、返して〜〜〜〜〜〜。》

終りに近いほど声量が上がった声で
そうと言って勢いが増した這い様で迫り凝る彼女らだったのへ、

「何だ爪ってなに、「知るかよ、
「もしかして俺らの爪を剥ぎに出てきたとか、「冗談じゃねぇよ、
「代貸、なんか心当たりないですか、「昔捨てた女とか、
「しっ、知らん!」

恐慌状態もこれに極まれり、
ぎゃあっと情けない悲鳴を上げ、片端から意識を飛ばした男どもであったそうで。

 「…確かにこれはえげつない。」

他人事とはいえ、なかなかに恐ろしい構図だったのへ、
中也が感慨深げにそんな声を吐いたと同時、
後の櫃が盛り上がって出て来た側の芝生が、淡く光って元通りの平坦な地べたに戻り、
櫃も、泥まみれのおっかない亡者のような女性二人も、
緑がかった光になってほろほろと宙へほどけてゆき。

 「お見事だったよ。谷崎くん♪」

最初の櫃だけが残された庭の一角、
太宰が身をひそめていた茂みから、もう一人の人影がこそりと姿を現して。

 「怪談風にって云われましたけど、あンなんでよかったんですか?」

そう。
降りしきる雪で銀幕を織りなし、
そこへどんな幻でも構築できる、
“細雪”という攪乱の異能を発揮した彼こそは
武装探偵社で情報収集や段取りの整備などを丁寧にこなす有能な手代さん、
谷崎潤一郎さんその人で。

「片端から殴り倒して捕まえたんじゃあ、
 あとあとでそんな凶行咬まされましたとか言われて、
 はやばやと仮釈放とか取り付けられかねないからね。」

重畳だったよと褒めるよに、ふふーと嬉しそうに笑った太宰だったのへ、
だったらよかったと胸を撫で下ろした、ちょっぴり気弱そうな風貌の青年は、

 「では後はよろしく願います。ボク、屋台を手伝って来ないと。」
 「うん、任されたよ。」

太宰と中原へぺこりと頭を下げて、そのまま庭の奥向きへとたったか駆けてゆく。
どうやらこ奴らが、ここいらへの強引な地上げ行為を為してた張本人らしく、
しかも真の目的はこの大きな櫃らしいということで。

 「まだ半分ほど、何が何だかなんだがな。」
 「まあまあ、軍警を呼んでこいつら引き取ってもらってから話すよ。」

余程に極秘の依頼だったものか、
実はまだ真相を全部は明かしていなかった参謀殿。
ほくほくと楽しそうに笑いつつ、
ポケットから携帯を取り出すと
打ち合わせていたらしき捕り方へ手短に“作戦終了”と告げており。


  さあ、真相は次の章だ。




 to be continued. (17.07.29.〜)




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 *なんてまあまあ長いシーンだったやら。
  これでもかとあれこれ詰めすぎた感がありますが、
  旧双黒に活躍してほしかったものでvv
  それと谷崎くんの“細雪”も生かしたかったので。
  次で種明かしですが、さほど大したことはないネタです実は。
  太宰さんが尤もらしく隠してただけ、となりそうです。とほほ